私が旅を続ける理由

今日はメキシコ・オアハカを街歩き。

オアハカは、地元の人が胸を張って「1番メキシコを感じられる場所だよ!」と目を輝かせる場所だ。

市場では例のモーレ(「モーレ・ポブラーノを、知っていますか?」参照)が巨大な壺に収まって所狭しと並び、ふと横を見れば女性達がバッタの佃煮を売りさばいている。「神様の飲み物」と呼ばれるテハテ(トウモロコシ粉のドリンク)に、サソリが浸かったテキーラ、職人たちが手掛ける美しい手仕事のひとつひとつに夢中になっているうちに、時が経つのも忘れてしまう。

 

もちろん見どころは市場だけではない。

オアハカの街には、いたるところにアートが溢れている。

ヘミングウェイがキューバを愛したように、オアハカを愛してこの地で創作活動に没頭するアーティストは多いという。

右にはアートギャラリー、左にはストリートアート、10歩も行かないうちに別のギャラリーのドアに吸い込まれる・・・という具合でなかなか前に進まず、知らず知らずのうちにオアハカの街に包み込まれていく。

想像力を掻き立てるアートやオシャレなカフェの合間には、ここで生きる人々の営みがのぞく。

貧富の差が激しいメキシコ。貧困層の多くは少数民族に属していると言い、多民族が共生するオアハカでは職、食にありつけない人が存在することは明らかだ。

旅先で美味しいものを食べて、その土地の文化に触れ、美しい景色を写真に収め、非日常的な刺激を受けることは楽しい。多くの人にとって、それこそが旅の醍醐味だと思う。私にとってもそうだ。でも非日常だけに没頭するのではなく、その場を日常として生きる人々の生活、表情を私は絶対に覚えていたい。焼き付けておきたい。

その表情は、私が旅をする理由そのものだから。
私は、そこで生きる人達を知りたい。
いくらでも悲観できるこの世界で人間が生きることの、希望を見出したい。

これが私の、旅をする理由なんだと思う。

 

一方で、私たちの日常から切り取られた「見えない世界」が存在することも事実。

ここで紹介する絵はAgustin Portilloというメキシコの画家によるもので、メキシコの現代社会の闇、特に子どもたちが強いられている恐怖と暴力がシニカルに表現されている。

アニメのヒーローも、スーパーマンもスーパーウーマンも彼らを助けてはくれない。この絵はカートゥーンではなく、現実なのだから。この現実に対峙する責任は、人にあり社会にあるのだから。

 

私がモンゴルを知ったきっかけは1人の留学生との出会いで、当時小学生だった私が恋したモンゴルは貧困で溢れていた。「モンゴルのことがテレビでやるよ」と母親から聞いてワクワクしながらリモコンを握った先に映し出された映像を、私は未だに忘れることが出来ない。テレビの向こうに現れたのは、全身に針を纏ったかのように鋭い眼光をカメラに向けながら、身を寄せ合って生きるマンホールチルドレン。1990年に民主化したモンゴルは、移行期の混乱でボロボロだったのだ。大好きな国にいる同世代の子ども達がマンホールで暮らしているという現実は、幼かった私にはショックだった。孤児支援の活動に没頭したのも、国際協力業界で働くようになったのも、原点は大好きなモンゴルの深い暗い闇を知ったからだった。

 

この世界は美しいだけでは成り立っていない。そんなこと、誰でも知っているのかもしれない。私はその知った者のひとりとして、アクションを起こすことの責任を放棄して生きるのは嫌だと、ずっと思って生きてきた。

 

悲しみの波にさらわれないこと、自分にできることを探すこと、やってみること。

旅は、私に生きる勇気を与えてくれる。

 

教会に立ち寄ると、一組のカップルが結婚式を挙げていた。立会人の女性はフチタンの民族衣装で着飾っている。フリーダ・カーロが愛した強さと美の象徴のドレスは、ただ、美しかった。

 

 

この記事を書いた人write

鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

早稲田大学国際教養学部、政治学研究科卒、モンゴル国立大学留学。
アクセンチュア株式会社、外務省、日本国際協力センター(JICE)、在モンゴル日本大使館にて勤務。

幼少期に1人の留学生と出会ったことがきっかけで、いつのまにかモンゴル尽くしの人生に。2022年6月からは世界一周の旅に出発。自身のウェブサイトKANO LABO(カノラボ)
https://kanolabo.comで旅のコラムや旅情報を発信中。
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