藍色のストールとおもちゃの携帯電話

メキシコ、サン・クリストバルの広場を歩いていたときのこと。

手にたくさんの布を抱えた女性が近づいてきた。
民族衣装に包まれたその手元は、彼女の生まれ故郷でひと針ずつ丁寧に縫われたであろう伝統柄のストールで覆い尽くされている。

 

普段であれば素通りするところをなぜかこのときだけは足が止まって、そのうちの一本を手に取った。とても綺麗な藍色。そして綺麗な女性だった。

「グラシアス(ありがとう)」と言ってその藍色を返すも、女性は私達を追ってきた。スペイン語なのか彼女の故郷の言葉なのか、何を言っているのかはっきりとは分からないけれど、値段と、どうしても買って欲しいというような言葉を繰り返し言って食らいついてきた。

 

あどけなさが残る彼女はまだ10代だろう。
手元にこぼれそうなくらい積み上げられたストールの束の奥に見えたのは、赤ちゃん。
顔まですっぽりと布で覆われているので性別も瞳の色も分からないけれど、小柄な彼女の片腕に収まるほどの大きさだったから、生まれたばかりなのかもしれない。

 

若い、幼いお母さんが小さな身体で子を抱いて文字通り食らいついてきた姿に、ふと15年前のモンゴルで出会った女の子のことが思い出された。

 

今でこそ高層ビルが立ち並ぶウランバートルの中心地だが、15年前は本当に何もなかった。

スフバータル広場の周りには郵便局と国立図書館、オペラ劇場があるくらいのもので、ガレリアはもちろんのこと、ブルースカイもシャングリラもなかった。道路には標識も街灯もなく、陽が落ちると真っ暗な道をマンホールに落ちないように慎重に、でも恐怖心から足早に大学の寮へと急ぐ、そんな時代だった。

 

大学生だった私は国際協力の道を目指してフィールドでの経験を積みたいと、孤児院訪問やNGO活動に熱中していた時期だった。その日も仲間と一緒にウランバートル市内にある施設を訪問していた。その施設は路上で保護された女の子達を一時的にお世話する場所で、自分と同じくらいか、もっと若い女の子達数名が決して群れることなくそれぞれ無表情に座っていた。

 

盗みの犯罪グループにいた、売春していた、レイプされたところを保護されたと本人達の目の前で先生が話すのを聞きながら彼女達と目を合わせることも話かけることもできず戸惑っていると、1人の女の子が親しげに私の方へ近づいてきた。黒髪のショートカット。ひょろっとした細身で身軽そうな彼女の腕には、たくさんの傷があった。

 

その子は私のカバンを指さすと、携帯を見せるように言ってきた。話せることが嬉しかった私は、何の迷いもなくカバンを開けて、持っていた携帯電話を彼女の手に乗せた。スマホがなかった当時使っていたのはNokiaの古い機種で、電話とメッセージの送信しかできない小さなおもちゃのような携帯電話だった。そのおもちゃみたいな電話は何かの点検作業のように彼女の手の中で一周したあと、私の手のひらに戻ってきた。確かに、戻ってきたはずだった。

 

帰り道で携帯電話が見つからなかったときの焦り、

私が帰ったあと彼女がいなくなったと知ったときの後悔は、今でも忘れられずにいる。

 

彼女が必死に食らいついたのは、手を差し伸べる大人の手でなく、私が不注意に出したおもちゃの携帯電話。おもちゃのような代物でも、女の子1人を路上に舞い戻らせるきっかけとしては十分だったから。

 

メキシコで、私はストールを買わなかった。

あのお母さんに何もできず、「ごめん」とつぶやいて立ち去るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

早稲田大学国際教養学部、政治学研究科卒、モンゴル国立大学留学。
アクセンチュア株式会社、外務省、日本国際協力センター(JICE)、在モンゴル日本大使館にて勤務。

幼少期に1人の留学生と出会ったことがきっかけで、いつのまにかモンゴル尽くしの人生に。2022年6月からは世界一周の旅に出発。自身のウェブサイトKANO LABO(カノラボ)
https://kanolabo.comで旅のコラムや旅情報を発信中。
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