フリーダ・カーロの青の家

好きな人がいると、人生が変わる。
自分ひとりだったら関心を持たなかったようなことでも、好きな人が「好き」だと知ったり、おすすめされたりしたら、俄然興味が湧く。
人を好きになって、その人が好きな世界も好きになって、自分の世界が広がっていく感覚は人生の喜びだ。人への気持ちが冷めた途端消えてしまう世界もあるけれど、自分の中に根付く興味関心や価値観だってあるだろう。それで人生が変わってしまうことだって。とすれば、失恋したとしても捨てたもんじゃあない。
メキシコシティにあるフリーダ・カーロ美術館は、私がとっても好きな人に勧められて楽しみにしてきた場所だった。
フリーダ・カーロ。言わずと知れたメキシコを代表する画家だが、私はと言うと、その名前と特徴的な眉毛と「頭に花」というビジュアルイメージしか知らなかった。
ほぼ無知なまま、憧れの人が憧れた場所にいるという現実に高揚しつつ美術館に並ぶ。やはり人気な観光地らしく、事前にHPから時間指定の入場チケットを購入しないと入れず、各時間帯ともに長蛇の列ができていた。
中に入ると、濃いブルーが目に刺さった。海の青ではない、空の青でもない、自然が持つ影響力に遜色ない強さを携えた青さに引き込まれた。
再び列に並びフリーダの家の中に入ると、小ぶりな額が整然とこちらを向く。初めの部屋は家族をモデルにしたポートレートが続き、命の躍動と人生の複雑さを切り取ったような静物画が次の部屋へと誘う。
続いての部屋には未完のフリーダの自画像、そして死ぬ前に描かれた最後の作品「Viva la Vida(人生万歳)」が飾られている。瑞々しいスイカは、無生物のはずなのにドクドクと脈打っているかのように見えた。
この美術館を一周すると、フリーダ・カーロの生涯について輪郭に触れることができる。
6歳の頃にポリオで右足が不自由になったこと
18歳の頃に交通事故に遭い子どもを産めない身体になったこと
何度も流産を経験していること
夫を深く愛し、その最愛の夫の不貞癖に苦しんだこと
自分自身も男女を問わず愛人を持ったこと
亡くなる前年、右足を切断したこと
死の直前にも政治運動に参加したこと
最後の作品に”Viva la Vida”と書き入れたこと
彼女の人生の点と点を繋いだ後、どうしてももう一度見たい絵があった。
それは、最初の部屋の1番最初に飾られているフリーダと家族を描いた作品だった。未完のこのキャンバスからこちらを見つめるフリーダの横には、彼女からゆらゆらと離れて眠りにつく胎児が描かれている。フリーダの祖母はそんな彼女と子どもを天から見守っているように見えた。
彼女の痛みや苦しみは彼女個人のものであり、その苦痛は想像することしかできない。でも、この絵を前にするとそんな想像力を働かせなくとも、自分の中の痛みや悲しみが彼女のそれとリンクする感覚を覚える。超個人的な物語の中に普遍性を見つけ出した瞬間に、人はどこか深いところで繋がりを感じることができる。その繋がりを生み出せるのが、芸術家なんだと知った。
フリーダの作品からは、彼女から湧き出る深い愛憎や自尊心、望みが滲み出ていた。それは、自分自身が何を欲しているか理解し、自分自身であり続けたからこそ放出されるエネルギーなのだと感じた。
私の憧れの人が、この美術館を勧めてくれた理由が分かった気がした。「蓮の花のよう」と形容されるその人と、フリーダ・カーロが重なる。
生きていて、良かった。
青の世界で、ふとそう思った。

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

早稲田大学国際教養学部、政治学研究科卒、モンゴル国立大学留学。
アクセンチュア株式会社、外務省、日本国際協力センター(JICE)、在モンゴル日本大使館にて勤務。

幼少期に1人の留学生と出会ったことがきっかけで、いつのまにかモンゴル尽くしの人生に。2022年6月からは世界一周の旅に出発。自身のウェブサイトKANO LABO(カノラボ)
https://kanolabo.comで旅のコラムや旅情報を発信中。
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Instagram: @kano_labo
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