中央ゴビの旅(1)ラクダ飼いとベイビーラクダ

8月初旬、ゴビへの旅を計画した。ナーダムが終わってからもモンゴルでは県境が封鎖されている地域が多く、ウランバートルから行くことのできる地域は限定されていた。旅先を決めるのに多少難航したが、お世話になっているモンゴル人の友人からのススメで中央ゴビ県へ行くことに。

「ゴビ」と聞くと一面砂漠の情景が浮かんでくるが、延々砂漠が広がっているわけではない。草原や森、岩山も多く出現する。モンゴルで「ゴビ」と名の付く地域は「中央ゴビ」、「東ゴビ」、「南ゴビ」の3つに分かれており、それぞれに色が違うから面白い。

 ウランバートルから4時間程車を走らせると、早速ゴビ感溢れる場面に遭遇した。

馬や牛が道路を横切る姿はすっかり目に馴染んでいたが、ラクダの横断は別物だ。間近にラクダを見たい一心で、慎重に距離を詰めていく。こんなにたくさんいるんだから、是非とも360℃ラクダに囲まれてみたい!と突発的なラクダ欲が湧き出るも、彼らは一定の距離を保ち、静かな警戒心をもってこちらを牽制してくる。なかなか縮まらない距離感に焦れったさを感じながら、私達は車に乗り込み先を目指した。

モンゴル国内を旅するとき、最も重要なのは腕の良いドライバーだ。田舎への道は未舗装の道路が多く、草原や砂漠では何が起きるか分からない。道をよく知っていることはもちろんのこと、ゴアンズ(食堂)の場所や天候の把握、長距離を運転するだけの体力と集中力、車内で口ずさむ鼻歌の上手さなど、様々なスキルを兼ね備えたプロフェッショナルの存在が欠かせないのだ。

今回私達の旅のパートナーになってくれたトルガさんは、上記の点を全てクリアしている信頼のおけるドライバーだ。元・モンゴル相撲力士という彼の腕は逞しく、悠々堂々と歩くその姿は、多少の嵐や小動物の突進ではぴくりともしないような体幹の強さを感じさせる。

さらに特筆すべきは、彼の並外れた「コミュニケーション能力」だ。最初に只者ではない感を覚えたのはウランバートルを出るチェックポイントでのこと。コロナの影響か、前方で数台の車が路肩で足止めを食らっている。「無事に通れるのか」と心配する後部座席をよそに、トルガさんは「俺に任せろ」と逞しい腕を一層パンプアップさせた。いよいよ私達の番。トルガさんは大声で「あぁ、いつもどうも。これからゴビ方面に行くもんでね。じゃ!」と、決して媚びることない態度と勢いで、何の問題もなく突破した。頼もしい限りである。

しばらく走ると一体どれだけ視力が良いのか「あっちに人がいるぞ」と言ってギアを入れ替えた。不揃いに短い緑を蓄えている乾いた土の上を走っていくと、確かに人影が見える。家畜のために軽トラで水場までやってきた、若い夫婦らしい。

トルガさんは「今年はこの辺の雨はどんな感じかい。お宅の家畜はしっかり食べれているかい?」と夫婦に話しかけ、砂漠の遊牧トークを開始した。その5分後には「この夫婦はラクダ飼いで、今からラクダの乳搾りタイムだ。話をつけたから、行って見せてもらおう」と言う。ラクダの乳搾りなんて、初体験だ。「是非とも!」と二つ返事でお願いし夫婦に付いていくと、そこには1面のラクダ、ラクダ、ラクダ。大きいのも小さいのも、茶色いのもクリーム色のもいる。しかも、列になって地平線の向こうからどんどんこちらへやってくる。初めてのラクダの大行進に大興奮する日本人を見て、奥さんがニコニコしながら「これはベイビーよ」と赤ちゃんラクダを紹介してくれる。ベイビーラクダは人懐っこく、近寄って撫でてもちっとも怖がらない。「Baby, baby, baby oooh~私、Justin Bieber好きなんだよね~」と歌いながら乳搾りをする奥さん。たまらなく可愛い。ノリノリで歌いながら「今日からこの子、ヤポン(日本)・ベイビーって名前にするね!」と奥さん。どうしよう。もう、たまらなく好きだ。

2人が暮らしているという家にも招待してくれた。移動式住居には変わりないけれど、2人が暮らすのははゲルではなくて「動く家」。

息子と一緒に家族3人、ここでご飯を作り、団欒して、眠りにつく。客人が来ればお茶と手作りのお菓子でもてなし、ラクダ達が食べる草が足りなければ、より良い場所を求めて移動していく。

逞しく、豊かな人達だ。

別れ際に奥さんが、はにかんだ笑顔でハート形のメモを手渡してくれた。2人の名前と電話番号が書いてある。

「きっと、また来てね。」 

2人はまた、ラクダの元へ戻っていった。    

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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