風に乗って、新たな旅へ

モンゴルでは「ナーダムが終わったら秋」と言われる。8月に入れば、真夏の熱気が途端に和らぎ、ひりっとした空気を感じる朝が続く。8月最後の日曜日は、夏の終わりと秋の訪れが隣り合わせに仲良く座っているような、清々しくも懐かしさが残る空だった。明日、私は2年間の滞在を終えて日本へ帰国する。帰る実感も湧かないまま、最後の日曜日は乗馬キャンプで過ごした。

ウランバートルから車を走らせて1時間半程、変わらない笑顔で出迎えてくれたのは、「乗馬の安全基準を全国に―ノマドキャンプの挑戦」で紹介したムギーさん。綺麗な秋空に向かって、3人と3頭の馬が出発した。

モンゴルの空は、広くて、近い。馬と共に山を越えると、一層空に近づける。山の上は強風で、馬上から話すお互いの声も途切れ途切れにしか聞こえない。「モンゴルは風の国だから、風がよく吹くところへ案内しました」と、ムギーさんが茶目っ気たっぷりに笑う。

ロックダウンの影響で半年ほどキャンプの休業を余儀なくされたというムギーさんは、以前会ったときよりも少し痩せて、精悍な表情を浮かべている。聞けば、コロナ禍で状況が変わった今、週末は乗馬キャンプの営業、平日はモンゴルにいる人ならば誰もが知っている有名企業で会社勤めを始めたという。「自然の中にいるのが好きだから、会社勤めをずっと続けるわけではないけれど、自分の知識や経験を新しいことに活かせるのはとても楽しい」と穏やかな笑顔で話すムギーさん。

モンゴル人の人生は、軽やかだ。自由に風を乗りこなすこの人たちに憧れて、私は今ここにいる。

1時間半程、鞭を打つこともなく、ギャロップをすることもなく、のんびりのんびり山を越えた。途中、太陽と雲の合間に、飛行機雲が伸びていった。自由に空を移動することがこんなにも特別なものになるなんて、2年前モンゴルへ来たときは想像もしなかったのに。明日、私も飛行機雲を描きながら日本へ帰れば、今度ここへ戻ってこれるのはいつになるのだろうか。必ず帰ってくると決めてはいるものの、もしかしたら必ず、はないのかもしれない。寂しさから逃げるように、馬の手綱を握り直し、空を眺めた。

馬から降りた後、久しぶりの乗馬で痺れる膝をさすりながら窓の外を眺めると、馬がこちらをのぞき込んでいる。何頭も、何頭も、次々とやってきてはこちらに視線を送ってくる。こんなことは初めてだった。

この窓からの景色はしばらく見ることができないだろう。馬の瞳を見つめながら、しっかりと頭に焼き付けた。

 

 

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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