本当の豊かさとは?夏のモンゴルとアース・オーバーシュート・デー

日本で「別荘」が流行ったのは、どれくらい昔のことだろう。バブル時代には別荘はそう珍しくなかったのかもしれないし、バブル崩壊直後に幼少期を過ごした私も、小学生の時には毎年夏休みになると「お友達のパパの会社の別荘」というところに連れて行ってもらっていた。軽井沢にあったその別荘は森の中に佇む木造のコテージで、大きくなめらかな丸太の感触や匂いは、20年以上経った今でもごく自然に記憶から手繰り寄せることができる。都会の重くねっとりとした空気に慣れきっていた私達は、別荘に連れて行ってもらってようやく「空気は美味しい」の意味を実感した。五感を使って生きることで、人は本来の優しさを取り戻し、人生を一層豊かなものとして捉えることができるのだろう。ネット漬けの現代では、意識しないと味わえない贅沢となってしまった。

モンゴルと聞けば「大自然」を思い浮かべる人は多いかもしれない。だが、首都ウランバートルの中心部の生活は日本の都市部の生活と何も変わらない。ネット環境は日本よりも整備されていて、どこにいても無料Wi-Fiが利用できる。この2年間で競うように建てられたコンビニには日本製品と韓国製品が溢れかえり、均一化された無機質な存在として人々の生活に溶け込んでいる。目に見えて「便利」が増えていくモンゴル。でも、その「便利」でさえ、モンゴル人と自然から遠ざけることはできなかった。

夏になると、ウランバートルは空っぽだ。特に週末は、冬の渋滞が嘘だったかのように道路は閑散とし、四方を囲む山まで見渡すことが出来る。消えてしまった人々はというと、半分は田舎へ、半分は郊外の「別荘」へ行くというわけだ。

先日、友人の別荘に呼んでもらった。ウランバートルの中心部から車を1時間程走らせたところにあるそのお宅は2階建てのロッジのような造りで、その木の温もりに触れると、あの幼少期に訪れた私にとっての「別荘」がふんわりと思い起こされた。1階はリビングとキッチン。部屋の角にある暖炉は、秋が深まった頃の家族の団欒を暖かく包むのだろう。庭に出ると、最近始めたという家庭菜園のビニールハウスが目に留まった。青々と育つ野菜は新鮮そのもので、スーパーに並ぶ産地不明の野菜がなんだか可哀そうに、そしてそれを日々食べている自分の身体にも何だか申し訳ない気持ちになってしまった。

ランチは、「ホルホグ」というモンゴルの石焼バーベキュー。野菜、肉と一緒に丸い石を熱して、鍋の中に放り込んでいく。調理に使う石は何でもいいわけではなくて、必ず川底にある丸い石を取ってくるらしい。形が良くて、きれいなものを選ばないと、熱で割れて、せっかくの料理を泥だらけにしてしまう。湖の石もダメなので、川から離れたところに住む人に会いに行くときには「川の石を持ってきて!」とお願いされることもあるそうだ。ホルホグとビールがひと段落すると、今度は羊のレバーで焼肉が始まる。モンゴル食は、本当に肉が多い。新鮮な肉で身体を作っているからこそ、厳しい冬も耐え抜くことができる。普段家ではほとんど肉を食べない私も、この日ばかりはたくさんご馳走になった。

物音がするので塀の横を覗いてみると、お隣さんが引っ越しの真っ最中だった。住んでいたゲルを男手5人程で解体し、家財道具一式と一緒にトラックに積み込む。しばらく田舎で暮らして、また戻ってくると言う。いつ戻るかは分からない。どこへ行くのかも分からない。一家の道中が無事で、楽しい旅になりますように。

ゲルの屋根を支える紐は、馬のしっぽの毛。湿気を含むと、どんどん強く、丈夫になっていくらしい。モンゴル人の昔ながらの生活には、一切の無駄がない。自然と調和して、動物と助け合いながら、日々の暮らしを紡いでいく。昔々からの当たり前が、いつからこんなに尊いものになってしまったのだろう。

本当の豊かさとは何なのか。モンゴルでの暮らしは、私に何度も何度も問いかけてくる。「1年間に地球が生産できる資源の量を人間の消費量が上回った日」のことを示す「アース・オーバーシュート・デー(Click)」というアラートがある。国際シンクタンクの「グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)」によると、2018年は8月1日、2019年は7月29日、2020年は8月22日、そして2021年は7月29日に「アース・オーバーシュート・デー」を迎えたとされる。つまり、今年が半分過ぎたところで、私たちは既に年内分の資源を使い切ってしまったということ。残り半年分は、未来から奪って使っていくということ。

今すぐライフスタイルを全とっかえするのは難しい。でも、できることをやらないことは、未来の地球と家族への責任放棄だ。まずは知ること、そしてやってみること。

Press Release June 2021 Japanese

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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