オリンピックと1通の手紙

ついにオリンピックが始まった。

開幕前、Yahooニュースを見れば「解任」「呪われた五輪」と不穏な単語ばかりが目に入り、「お・も・て・な・し」の頃の期待は疑念と疑惑に様変わり。私自身も含めて、多くの日本国民は興味も失ってしまったように思えた。ところが、いざ始まってみると、兎にも角にも開会式の無事を祈らずにはいられない自分がいる。テレビの向こうの何者かに拝むかのように、目を細めながら画面を見ては、「頑張れ、頑張ってくれ」を繰り返す。こんなに安心して見ることのできないイベントというのも珍しく、妙なスリルを感じながら、むき出しの観客席が痛々しい画面を拝み続けた。

入場は基本的にあいうえお順だったので、「モ」が来るまではだいぶ時間がかかった。「メキシコ」が呼ばれたあたりで「そろそろだ!」と細めていた目を見開いたものの、「モ」が付く国は想像以上に多かった。モーリシャス、モーリタニア、モザンビーク、モナコ、モルディブ、モルドバ共和国。ついに次かと思って目を凝らすと、そこにはモロッコの姿が。やや待ち飽きて下を向きかけた瞬間に見えたのが、濃紺に金の刺繍を施したモンゴルのデール。私のように筋金入りのモンゴル贔屓でない人にとっても、一際目を引いたのではないかと思う。気品とオーラが溢れる素晴らしい衣装、そしてモンゴル代表団選手たちの雄姿だった。

 

開会式が始まった頃、私のFBメッセージに1通のメッセージが届いた。

「お元気ですか?ついにオリンピックが始まりました。日本で開催されて、本当に嬉しいです。世界の団結の象徴であるオリンピックが日本で開催されるなんて、胸がワクワクします。開催、おめでとうございます。」

メッセージをくれたのは、モンゴル北部のフブスグル県に住むAriunkhishig(アリオンヒシグ)ちゃん、12歳(2020年当時)。彼女は、2020年にオリンピックの延期が発表される直前、在モンゴル日本大使館宛に手紙を送っていた。内容は、「尊敬する日本で開催されるオリンピックのために自分も何かしたい。是非、モンゴルの代表としてボランティアでお手伝いさせてもらえないでしょうか」というものだった。コロナの影響でオリンピックの中止が決定し、残念ながらアリオンヒシグちゃんの想いが実現することはなかったが、12歳の彼女が親にも相談せずたった1人でボランティアをするというアイデアを思いつき、日本大使館に手紙まで書いたなんて。私の頭の中では、9歳の頃の自分と彼女がシンクロしていた。

 

私のモンゴルとの出会いは、小学校32組の担任・藤田先生が企画してくれた留学生との交流会だった。埼玉大学で学ぶ留学生5名が集まったその交流会で、私達生徒は特に話を聞きたい3名の留学生のところへ行って、順に留学生の母国についての話を聞いたり、質問したりすることになっていた。今となっては理由を全く思い出せない。ただ、私は「アメリカ」でも「インド」でも「タイ」でもなく、「モンゴル」がいい、とはっきり自覚して、モンゴル人留学生を囲む輪に迷わず入っていった。そのときに何を聞いたのか、何を話したのか、それも全く持って思い出せないが、とにかく「はじめての外国」に衝撃と感動を覚えたことは間違いない。家に帰るや否や、その日の出来事を母に話したらしい。興奮する娘を見ながら母は何かを察知したのか、「そんなに楽しかったなら大学に電話して、お手紙書けば?」と言った。その一言を受け、9歳の私は埼玉大学に電話をかけ、留学生の連絡先を聞き出し、憧れのモンゴルへ一歩踏み出したのだった。

当時は一般家庭にネットは普及しておらず、もちろんメールもFBも無い。友達とのやりとりは手紙やFAX、それに交換日記をしていた時代だ。手紙を書くのが好きだった私は、手持ちの中で1番可愛い便箋を選び出し、さっそく留学生に手紙を綴った。

手紙の宛先は、Zolzaya(ゾルザヤ)さん。黒髪がきれいなお姉さんだった。私が手紙を出して少し経ったあと、郵便受けに届いた真っ白な封筒を手にしたときの感動は忘れられない。今でこそ日本での留学生活はさぞ忙しかったのだろうと想像できるが、そんなことは全くお構いなしの当時小学生の私は、手紙が来るたびすぐに返事を書いた。ゾルザヤさんから届く手紙にはいつもモンゴルのポストカードが同封されていて、私の中の「モンゴル」は色鮮やかに実写化され、どんどん大きな存在になっていった。もらった手紙とポストカードは、今でも大切に持っている。彼女が1996110日に書いてくれた「今度、モンゴルで、会おう」という1文が、11年後の私をモンゴルに連れてきてくれた。

 

ゾルザヤさんとは、まだ再会を果たせていない。1996年に日本へ留学していたモンゴル人はごく少数のはずなのですぐに見つかるものと期待していたが、まだ彼女を知っているという人には出会っていない。いつか、会って御礼を言える日が必ず来るだろう。

そして、今回手紙を書いてくれたアリオンヒシグちゃん、是非いつか、日本へ行ってみて下さい。きっと夢を叶えてね。

 

 

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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