人生を変える―バトフー先生と介護実習生の挑戦<インタビュー記事(前編)>

「外国人技能実習制度」をご存知ですか?

日本国内でも度々話題に上ったのでご存知の方も多いかと思いますが、「開発途上国に日本の技術や知識を移転して、開発途上国等の発展に貢献する」という目的(≒名目)で作られた制度です。一部の心無い関係者によって技能実習生が過酷な労働環境下に置かれていたことが報道されたため、ネガティブな側面が多く語られがちですが、信頼できる機関を通じて技能実習生と企業側双方にとってプラスとなっている事例があることも事実です。

モンゴルも、この制度の「送り出し国(全14か国)」のひとつ。今回のインタビュー記事を読んでいただく前に、是非こちらの動画をご覧ください。

動画の主人公・トールさんが暮らすのは、ウランバートルの「ゲル地区」と呼ばれる地域です。ゲル地区というのは、経済的にアパートには住めない人達が主に暮らすエリアで、基本的なインフラが整備されていない場所も多く存在します。母親、妹、娘と一緒にシングルマザーとして生活するトールさんは「妹に大学を卒業させたい。娘にちゃんとした教育を受けさせたい」という目標を胸に、「アジア母子支援センター」で日本語と介護について懸命に学びました。今回は、トールさんの先生であり、アジア母子支援センターで日本への介護実習生送り出しと、海外里親プロジェクトを行っているバトフーさんにお話を伺いました。

 

―動画を見て、トールさんのひたむきな姿に心を打たれました。バトフーさんが介護の分野で母子支援を実現したいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

<介護×母子支援>

介護分野に注目したきっかけは、日本語専攻だった私が、岐阜に留学していたときに偶然にも社会福祉を専攻したことにあります。日本でもっと深く社会福祉を学びたいという夢を抱きましたが叶わず、モンゴルに戻ってからしばらくはフリーで日本語通訳や翻訳をしていました。日本語を使って仕事をするなかで、モンゴルが技能実習制度の送り出し国になっていること、そして介護の分野があることを知って、留学時代に学んだ介護の分野で、モンゴルと日本のために何かできることがあるのではと感じたんです。

モンゴルは若者が多い国ですが、介護を必要としている人達はもちろんいます。それなのに、モンゴルには「介護士」という資格や職業がなくて、家族が介護全般を担っているのが現状です。数少ない介護施設は環境が未整備で、例えば自分の母親をそのような施設に送りたいとは到底思えません。在宅介護のために看護師を雇っている家庭もありますが、介護士と看護師では専門が全く違いますよね。日本で学んだことをきっかけに、モンゴルにも正式な「介護士」が必要だと強く感じました。

<働いても、働いても・・・抜け出せない貧困>

技能実習制度を活用して、支援を必要としている人に対して日本で働く機会を提供したいと考えたとき、支援対象を「母子」に絞りました。その理由は、モンゴルの離婚率の高さとシングルマザーの貧困に問題意識を持っていたからです。ウランバートルでは、9世帯のうち1世帯が母子家庭。毎日40組のカップルが婚姻届けを出す一方で、10組が離婚届けを出しているという統計があります。シングルマザーとなった場合、フルタイムで働くことは難しいですし、低賃金の仕事しか得られずに、貧困から抜け出せないケースがとても多いんです。モンゴルが必要とする介護の分野で、シングルマザーを主な対象として女性支援をするということが私の目標になりました。今は日本人の共同理事2名と一緒に、アジア母子支援センターを立ち上げて活動しています。

 

―若年層が多く、現在の高齢化率は4%程度というモンゴルでは「介護士」という職種すらないという事実には驚きました。そんなモンゴルも、2050年には高齢化率14%2070年代には高齢化率21%を超えるという統計予測があるとおり、いつかは高齢化社会を迎えることになります。既に超高齢化社会を迎えている日本では、介護現場での人手不足が深刻で、外国からの実習生を受け入れることで大きなメリットがありますが、モンゴルの介護実習生にとっては、どのようなメリットがあるのでしょうか。

<3つのメリットと未来への希望>

技能実習制度には農業や建設など様々な業種があるなかで、介護実習生のメリットは特に多いと感じます。

1つめは、金銭的な面です。率直に言って、実習生として日本へ行く人たちの1番の目的はお金を稼ぐことです。自身のベーシックニーズが叶えられていない場合、自分と家族のことで精一杯なのは当たり前ですから「将来モンゴルの介護分野に貢献したいから」と言って日本へ行く人は1人もいません。介護実習生として日本で3年間働けば、ウランバートルで1ベッドルーム付きのアパートを買えるくらいのお金がたまりますから、経済的に大きな助けになります。

2つめは、日本語のスキルアップ。最初に日本へ行くときには、日本語能力試験のN4レベルに合格していることが条件なのですが、介護実習生は毎日職場で日本人とコミュニケーションを取るので、日本語が格段に上達します。3年間頑張って日本語を勉強すれば、N2レベルの取得も夢じゃありません。そうすれば日本の大学を受験できる可能性も、モンゴル帰国後にガイドや通訳をする道も拓けます。

3つめは、介護について専門知識を学べるということです。私自身、介護実習生を送り出す身として現場を知る必要があると思い、日本の老人ホームで2カ月間ボランティアをしたことがあるのですが、ベッドメイキング、食事のお世話、排泄介助、声掛けの仕方・・・もう、何もかもがモンゴルとは違うんです。学ぶことがありすぎて、一生かけても時間が足りないんじゃないかと思ったほどです。日本の技術、人との接し方を学んでモンゴルに帰って来れば、人に教えることだってできますよね。介護実習生として日本で働くことで、将来の選択肢が確実に増えると思います。

 

―選択肢や可能性が増えるということは、将来への希望に繋がることだと強く感じます。「最近まで目的の無い人生を送っていた。」と動画の冒頭でトールさんは言っていましたが、介護の仕事、そして日本で働くという目標を持ったことで変わっていく彼女から勇気をもらった人は多いと思います。「人にはそれぞれに合う職業があると思うけど、まだそれが見つかっていないとき、今やるべきことはこれなんだと偶然気づく時が来ると思います。私にとっては今がまさにそのときなんです。」と語る彼女からは、自信と希望が伝わってきました。モンゴル人女性は逞しいと常々感じます。

 <人生を変える、一生に一度のチャンス>

確かに、モンゴル人女性には強さが求められます。でも、それは本人の意志とは関係なく、モンゴル社会が私たち女性を追い込んで、強くならざるを得ない状況を作っていると言えるでしょう。この技能実習制度に参加するためには、子どもを置いて1人で日本へ行かなければいけないんです。私が最初にシングルマザーに注力した活動をしたいと言ったとき「子どもはどうするんですか、一緒には連れていけないですよ。」と日本人によく聞かれました。日本人の感覚では、母親が子どもを置いて外国へ行くなんて考えられないことなんでしょうね。でも、モンゴルのシングルマザー達の中には、両親に子どもを預けてウランバートルへ出稼ぎに行く人が大勢います。フルタイムで働けない、教育レベルが高くない人は給与の高い会社に就職できないという状況下で、いくら働いても貧困層を抜け出せない現実があるんです。子どもを預けてでも日本へ行って学び、働く機会を得るというのは、人生を変える一生に一度のチャンスだと私は思います。今、アジア母子支援センターから送り出した29名が日本で実習生として働いていますが、そのうちの11人がシングルマザーです。

 

―動画の中では、時に厳しく、でも愛情を持って接するバトフーさんの様子がとても印象的でした。

<「大変」だと感じるのは、自分を変え、人生が大きく変わろうとしている瞬間だから>

動画を見ると、私は厳しい先生に見えると思います。自分で意識して厳しくしている部分はありますよ。私が1番伝えたいことは、「大変」と感じるときは「大きく変わらなきゃいけないときだ」ということ。今大変なのは、自分自身を、人生を大きく変えようとしているからです。先生として「大変なんだからこそ、頑張ろう」と強く言ってあげられないとこの仕事はできません。私が怖い先生役をやっているので、他の3人の先生には「優しく接して良いですよ」と言っていますけどね。バトフー先生は怖いと言われますけど「怖いのは外側だけで、心の中ではあなたのことを1番に想っているよ」と伝えると、みんな少しは笑顔になってくれますね。

 

インタビュー<後編>に続きます。

 

 

 

 

この記事を書いた人write

鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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