モンゴル人バンカーの生き甲斐・生き様<インタビュー記事>

TDB本部の国際部ファイナンシャルインスティテューションユニット課長、バヤラーさんと話すのは実に数年ぶりのこと。インタビューを快諾頂き、ZOOMが繋がった先は思いもよらない“洗面所”。去年の6月にお子さんが生まれたそうで、「静かに話ができるように」と、日曜の朝から洗面所で準備をして待っていてくれた。バヤラーさんは、私が知るモンゴル人の中でトップ5に入る丁寧な日本語を話し、とても温和で、そして頼りがいのある人だ。今は7名の部下と共に、日本、ロシア、中国、ヨーロッパ、アメリカの各銀行とのやり取りを担当している。

 

<コロナ禍で迫られる組織の改革>

コロナの拡大に伴い、既に複数回のロックダウンを経験している首都・ウランバートル。ロックダウン中には、民間企業も出社率を厳しく制限された。バヤラーさんが勤務するTDB本部では、コロナ禍でどのような対応をしたのか。

 

「私の家は市内から20キロ離れていて、ロックダウン中は市内外を跨いだ車の出入りが制限されるため、去年の11月から4カ月間ずっと在宅勤務でした。最も厳しいロックダウンのときは、出社率を30%以下にするようにと政府から言われていましたが、今は75%の社員が出勤できます。銀行という組織はかなり伝統的で、顧客情報や機密情報を守る観点からも在宅勤務なんて考えられなかった。特に、TDBはモンゴルの銀行の中で最もセキュリティに対して厳しい銀行です。そのTDBが在宅勤務を認めたのは、ある意味コロナのおかげと言えますね。今の特殊な状況が、働き方改革の余地があることを示してくれたんです。在宅勤務でも仕事を進めることができる現実をマネジメント層に分かってもらえたことは、組織として1番の進展だと思います。ウランバートル市内は交通渋滞がひどくて、通勤だけで1,2時間かかってしまいますからね。その時間を有効活用できることになって、仕事の効率が上がったという一面はあります。」

 

「生まれたばかりの子どもと一緒に家族一間で暮らす生活で、仕事に集中するのは大変でしたけどね」と幸せそうに付け足したバヤラーさん。コロナ禍での在宅勤務は、思いがけず一家の絆を深める時間となったようだ。通勤時間がなくなることで時間を有効活用できるようになったとのことだが、チームのマネジメントに支障はなかったのだろうか。

 

「毎週月曜日にオンラインミーティングで各自の業務進捗を確認していました。分担を明確にすれば各自が責任を持って業務にあたりますので、チームメンバーとのやり取りで特段支障はなかったです。ただ、全員が在宅勤務になって1番困ったのは、印鑑やサインの受領です。仕事自体は場所を問わずできるのですが、印鑑やサイン必須の承認業務で遅れがでてしまうんです。日本では脱ハンコと言われていますが、モンゴル以上に印鑑での承認が必要なのではないでしょうか。承認業務で時間を取られてしまうとチームの目標達成のスピードに影響が出ますので、今後解決する必要がありますね。」

 

数回のロックダウンを経験してきたウランバートルだが、モンゴル政府はロックダウンのレベルによって、営業を許可する業種・営業を停止させる業種を分類してきた。中には、一体どのような業務をしていて、どれ程の人が関わるのか詳細を把握することが難しい業種もある。銀行はどうだろうか?人々の生活に欠かせない銀行業務だが、全てのオンライン化は可能なのか。

 

「ロックダウン中は窓口も全てクローズしていました。対面のサービスは全面停止して、オンライン対応に切り替えたんです。政府の対応で面白いなと思ったのは、国家非常事態が出社制限をしながら銀行のATMとネット決済業務だけを認めると決めたときのことです。その2つの業務であれば人を介さずにできると勘違いしたんでしょうね。ATMは自動的にお金の出し入れができる機械だと思われているかもしれませんが、裏ではバックオフィスの担当者がATMに現金を足したり、修理対応をしたりしているんです。ネット決済も、インターネット上で完結しているように見えますが、実際に人が取引を監視して、承認する作業が必須です。銀行業務の裏側は普段は人には見えませんから、想像しづらいですよね。」

 

<なぜ、モンゴルはこんなにも早く対応できるのか?なぜ日本はできないのか??>

世界的なコロナのパンデミックを受けてすぐに国境を封鎖したモンゴル。長い間感染者をゼロに抑えていたが、去年の11月に国内感染が発見され即座にロックダウンしたウランバートル。そして、すぐさまオンライン業務、在宅勤務に切り替えたモンゴル企業。このスピード感、凄まじいものである。日本人が抱く「草原の国、モンゴル」からは想像がつかないほどITが発達し、人々のリテラシーが高い証拠だ。モンゴル人のスピーディーな対応の理由をバヤラーさんが教えてくれた。

 

「モンゴル人が臨機応変に即時対応できる理由は、2つあると思っています。1つ目は、モンゴルには若者が多く、新技術への慣れが早いこと。2つ目は、モンゴルの“恵まれていない環境”に鍵があります。日本ではPCのソフトウェアは全て日本語になっていますよね。もし英語で書いてあって分からなくても、日本語の参考文献をすぐに手に入れることができます。でも、モンゴルではそういったものが全くない。使っているソフトウェアは全て外国語表記だし、モンゴル語で書かれた参考書もありません。だから、みんなが幼い頃から英語を始めとする他言語を学ばなければいけないんです。恵まれていない環境のおかげで、何事にも慣れて、学んで、身につけなきゃいけないという意識を自然と持っているのがモンゴル人の特徴です。そのマインドに加えて若者が多いので、より一層スピーディーに新しい商品を生み出すことに繋がっているのだと思います。」

 

思わず唸ってしまった。日本は確かに便利だ。Amazonで日本語のレビューを読み、ワンクリックで決済すると翌日には本が届き、辞書を引かずにそのまま読める。対して、モンゴル語でアクセスできる文献は実に稀だ。約320万人のモンゴル人以外にモンゴル語を話すのは、外交官や研究者、そして私のような「なぜかモンゴルにはまってしまった」僅かな人達のみだろう。便利な生活に慣れきっている日本人は、便利さにかまけて学びの機会、否気概を失っているのかもしれない。

 

「私は2010年から信州大学へ留学していましたが、日本はなんて恵まれた国なのだろうと驚きました。読みたい本はどんなテーマでも全て揃ってしまう。例えば、私はiPhoneが好きなのですが、アップル社が新しい機種を発表すると、日本では翌日にその新しい機種についての本が出版されている。どんな本でもどんなテーマでも、リアルタイムで入手できるのは日本の大きなアドバンテージです。モンゴルでは、図書館に行ったところで得られる情報は僅かです。ネットワークを通じて自ら動く必要があるので、友達や家族を通じて生の情報を得ようと必死に努力する。それがモンゴル人の行動力に繋がっていると思います。」

 

<モンゴル人バンカーが教える、モンゴル市場の魅力とトライアルの価値>

日本とモンゴル、環境の異なる国で学び、人生を深めてきたバヤラーさん。日本留学は彼にどのような影響を与えたのか。

 

「私は新モンゴル高校(ウランバートル市にある私立学校。日本の教育手法を実践し、留学生を多数輩出している)の卒業生です。新モンゴル高校のスポンサー企業であるマブチモーターズの奨学金のおかげで、学費や生活費で苦労せずに日本で過ごすことが出来ました。今、日本と関係のある仕事が出来ているとことは、私の生き甲斐のひとつです。」

 

2014年にTDB東京駐在員事務所が設立され6年が経ったが、ここ34年で日本からモンゴルへの進出企業は特に増えたという。「今後より多くの日本企業に進出してほしい」と語るバヤラーさんだが、コロナ禍において日本との取引にはどのような影響があったのか。また、日本企業にとって、モンゴル市場にはどのような可能性があるのだろうか。

 

「コロナの影響は必至です。特に日本の銀行は他国の銀行と比べてかなり保守的で、コロナの影響でさらに慎重になっている印象です。日本とは対照的に、ヨーロッパの銀行はコロナ禍でも活発です。ヨーロッパでは金利が低いため、モンゴルのような新興国、つまり高いリターンが得られるところに高い利回りを求めてアクティブに入ってくる。日本のディールは日本の銀行とやりたいというのが本音ですが、日本の銀行は保守的過ぎてなかなか話が進まない。そこにヨーロッパの銀行が入ってきてしまうんですね。日本の銀行も、もう少しリスクオンのムードになってもらえたらと個人的には思っています。モンゴルではリスクがある分、高いリターンが期待できますし、リスクを取れる人がいるからこそ経済は成長します。

確かに、モンゴルは人口が少なく、市場も小さい、しかも内陸国のため不便さはあります。でも、日本にとってプラスなのは、モンゴルが親日国であり日本製品への信頼が高いこと。中国との距離も近いので、中国へ進出する前にモンゴルで安い労働力を活用しながら市場をテストするようなやり方でアプローチしてもらえたらと思います。モンゴルはアジアの国ですが、例えば東南アジアの国々と比べると、気質もビジネスの仕方もヨーロッパに近い。是非ヨーロッパへの進出を目指す際にも、モンゴルを足掛かりにしてみるという可能性を考えて頂きたい。

 

今、モンゴルに進出している日本企業をセクター別で見ると、中古車、IT、食品や化粧品等の小売業が多いですね。特に近年はITセクターの伸びが大きいです。モンゴル人はIQが高いことで知られていて、特に数学のレベルが高いので世界から注目されています。

また、最近は日本食が食べれる店も随分増えましたね。ラーメン店も色々あるし、さくらベーカリーのうどんも人気です。

もし私が日本食のお店をやるなら・・・おでんがいいですね。モンゴルの寒い冬におでんはぴったりですよ。野菜もたっぷり採れるし・・・おでん屋さん、ちょっと考えてみましょうか。」

 

日本との仕事が「生き甲斐」だと言い、日本への熱い想いを語りつつ、最後は「おでん」でゆるり。このタフさとサービス精神が、モンゴル人バンカーの真髄だ。こういう人に出会う度、モンゴルという国、人々の懐の深さを知る。そしてそこにそのままはまっていたいという欲求にもう少し身を任せていたい、と心から願ってしまうのだ。

 

 

この記事を書いた人write

鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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