花があっても、なくっても。国際女性デー

3月8日午後3時のスフバータル広場前。ここ数日で気温がプラスに転じ、足もとにぬかるみが目立つ。

気を抜くと鋭く反射する氷に足をすくわれそうになりながら、道行く男性が皆、何かを愛おしそうに抱えている。

男たちの手に携えられているのは、花束かケーキ。受け取った女性は、きっと胸を熱くすることだろう。そんな光景を想像して、私は胸ではなく腹を熱くしながら、1人ウランバートルの街を徘徊していた。

 

3月8日「国際女性デー」はモンゴルの祝日にあたる。日本ではほとんど話題にもならないこの日を、モンゴル人はとても大切にしている。今でこそ「日本ではどうして国際女性デーが祝われないの!?」と突っかかりそうになるが、実はモンゴルに来るまでは「国際女性デー」という日があることを知らなかった。

各国では、どれくらい話題度の差があるのだろうか。googleで「国際女性デー」と検索してみると、表示されたのは26,200,000 件。英語で「international women’s day」と入れると、2,120,000,000 件(日本語検索の約80倍)。モンゴル語で「Олон улсын эмэгтэйчүүдийн өдөр」と入れてみると、2,680,000 件(日本語検索の約10分の1)。ただし、モンゴルの人口(モンゴル語話者)は330万人、つまり日本の約36分の1なので、モンゴル人の「国際女性デー」への関心の高さは相当なものである。「世界ジェンダーギャップ指数」121位の日本とは対照的だ(モンゴルは79位)。

ちなみに、韓国語で「세계 여성의 날」と入れてみると、結果は44,200,000 件だった(日本の約1.7倍)。

 

この日、モンゴルの花屋は儲かる。おそらく、1年で1番儲かる。モンゴル人男性は、純朴なアジア人の顔をしているわりに中身は情熱的で、この日は愛する女性に堂々と花とプレゼントを贈る。道行く女性の多くは、既に花を手にして誇らしげに歩いている。

うらやましかった。私も花がほしかった。祝福に満ちたモンゴル社会に置いていかれ、我が家では久しぶりの冷戦が勃発していた。よりのによってこの素敵な日に、だ。私も地球上の女性の1人として、清々しい気持ちでこの日を過ごしたかった。それなのに、1番身近な男性に水をさされるなんて。切り替えの遅い私はじわじわと腹を熱くしたまま深夜を迎えて、キーボードを打っている。

 

モンゴルは、女性(特に母親)をとても大切にする国である。

一方で、家庭内DV(ドメスティック・バイオレンス)の問題が深刻なのも事実だ。一昨日はスフバータル広場で「#хаалга」(ドア)とハッシュタグのついたデモンストレーションを見た。

 

世界に「国際女性デー」はあるけれど「国際男性デー」はない。必要がないからだ。わざわざ男性の権利を主張する日が無いのは、男性たちに「偏った」権利を彼らが既に得ているから。国際女性デーは、男性が愛する人にプレゼントを贈る日ではない。女性が優しくされて喜ぶ日でもない。女性の尊厳を守り、性差のない社会作りを皆で自覚する日なのだ。

花があっても、無くても、私達は強くいられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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