故郷への想い、食の智慧<インタビュー記事>

その土地で採れる食物にどのように手を加え、食すのか。食は、その土地で生きる人々の哲学、叡智を私達に伝えてくれます。自分の生まれた土地に伝わる伝統食を大事にする人、ジャンクフードを好んで食べる人、菜食主義のように食べるルールを決めている人・・・飽食と言われる幸運な時代・境遇に生きる人々にとって、食べることとは生きるための基本的欲求のみならず、個人の生き方やルーツを反映する重要な「選択」のひとつです。人の身体は食べたものによって形作られ、思考にも大きな影響を与えます。食の選択によって、日々の満足感や欠乏感が左右される経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。

さて、モンゴル人は、自国の食文化に高い誇りを持っている民族です。遊牧民のルーツを持つモンゴル人の食は、常に自然、家畜とともにあります。彼らは、広大な草原の草を食べて育った家畜の命を“必要なだけ”いただき、血の一滴から毛の一本まで無駄にすることはありません。育てた家畜の中から一頭を選び、その呼吸を自らの手で停止させ、微かに残る鼓動を感じながら“食”のためにナイフを切り動かす。命そのものを頂いているという実感があるからこそ、食に感謝し、“生“を循環させることができるのでしょう。

家畜からの恵みは、肉だけにとどまりません。モンゴルの伝統食には自然と生きる遊牧民の知恵が詰まった様々な乳製品があり、その種類の多さ、工夫の仕方に日本人である私は驚くばかりです。

今日は、日本を生活拠点としながら日本でモンゴルの食を広める活動をしているチメグさんへのインタビューをお届けします。

 

<モンゴル食ブランド『チメグの味』誕生のきっかけ・開発までの道のり>

―『チメグの味』という食ブランドが誕生した経緯を教えてください。

日本での生活は15年目になります。いつか日本へ行きたいという夢が叶って日本語を学ぶために日本に来て以来、日本での生活が拠点となっていますが、身近にモンゴルの食品が手に入る場所がないのでいつも故郷の味が恋しかったんです。モンゴルの味を思い出しては居ても立っても居られなくなったとき、「買えないのなら、自分で作ってみよう」と思い立って始めたのが、『チメグの味』です。最初の一歩は自分のためでしたが、自分の作ったものをFacebookにアップしたところ、周り方から「食べてみたい!」「是非教えて欲しい!」という反響を頂いて、より良い物を作りたいと思うようになりました。

『チメグの味』が誕生したのは20209月ですが、実は、初めて作ってみたのは7年前の2013年です。自宅でモンゴルの乳製品全てを日本の材料で作ってみようと考え、ドライチーズ、ヨーグルト、ウルムから始めてみました。最初の壁は、日本とモンゴルの牛乳の質の違いでしたね。日本の牛乳はモンゴルの牛乳に比べて低脂肪で薄味なんです。脂肪分の高い牛乳を探し回って実験を重ね、ようやく日本の牛乳でモンゴルの味を再現できるようになりました。

『チメグの味』として形になるまでの7年間、試作品を作っては色々な人の意見を聞いて「モンゴルの味」を追求してきました。日本に住むモンゴル人のお母さん達のコミュニティやボランティアの仲間と一緒にモンゴルの乳製品を作るイベントを企画して、たくさんの方のフィードバックと期待を頂いて誕生したのが『チメグの味』です。

モンゴル人が日本にいながらも自分達で大好きな乳製品を作れるんだということを伝えると同時に、私自身も母親なので、身体に良い乳製品をお母さんや子ども達に食べて欲しいという思いが強くありました。

(『チメグの味』の第一歩となったイベントの様子。収益はモンゴルの貧しい子ども達のために寄付しました。)

 

 

<多種多様なモンゴルの乳製品>

―モンゴルには日本人が知らない乳製品がたくさんありますね。どのような作り方をするのか教えて頂けますか?

  • ウルム

「ウルム」というのは牛乳から作る乳製品です。まず、牛乳を沸騰する直前まで温めます。小さな泡が沸々と出てきたら、柄杓でその泡をすくって高いところから鍋の中に落としてさらに泡立てる。この工程を15分ほど繰り返して泡の層を重ねていき、一晩寝かせておくと徐々に黄色のクリームになっていくので、火加減を調整しながらウルムを作っていきます。牛乳の脂肪分や菌はもちろんのこと、火加減や天気によっても出来具合が違うので、何度も試行錯誤を繰り返しました。ウルムの次にできるのが、日本の皆さんにも馴染みがあるヨーグルトです。また、ウルムを溶かして油分を取り出したものはモンゴル語で「シャルトス」と言って、とても栄養価の高いオイルです。世界では「リキッドゴールド」という名称で知られていますね。300リットルの牛乳からわずか1キロしか取れない、貴重なオイルです。

(柔らかいウルムをパンの上に乗せてジャムや砂糖で甘さをプラス。一度食べたら忘れられない朝ごはん。)

 

  • アールツ

ヨーグルトを発酵させて出来るのが、「ア―ルツ」です。日本人は冷え防止に生姜を使いますが、モンゴル人は冷えや風邪防止のためにアールツをホットドリンクにして飲みます。日本人の皆さんは、「馬乳酒」は聞いたことがあるでしょうか?文字通り馬の乳から作るアルコールのことですが、牛乳で作ったヨーグルトを発酵させた「アールツ」のことを、「牛乳の馬乳酒」と呼びます。「牛乳の馬乳酒」は貴重で、10リットルの牛乳から1リットルしか作ることができず、2~3人の造り手が必要です。手間はかかりますがモンゴル人が大好きな飲み物なので、遊牧民は忙しい日々の生活の中で時間をやりくりしながら作ります。

 

  • アーロール

ヨーグルトを蒸かして水分を抜き、残った固形物を小さく形どって干したものが「アーロール」です。保存がきくので、手元に置いてお菓子代わりによく食べます。砂糖を加えて甘みを出したり、固さを調整したりして自分好みのアーロールを作ることができます。多くのモンゴル人が好きなのはゴビのラクダの乳を使ったアーロール。塩味と脂、酸っぱさが強調された濃い味になって、とっても美味しいんです。

(繊細な模様が施され、見た目にも美味しいアーロール。ハートのデザインはチメグさんオリジナルです。)

 

  • シミーン・アルヒ

アールツを発酵させてできるのが、「シミーン・アルヒ」です。無色透明のアルコールで、日本酒に近い味わいです。

 

<自身のルーツ×専門性の交差点>

―異国の地で自国の食を再現するのは簡単ではないと思います。モンゴルの方でも乳製品は買うだけで作ったことがない人はたくさんいると思いますが、チメグさんはどうやって学ばれたんですか?

私はバガノール県出身で、遊牧民の家庭に育ちました。我が家には羊、山羊、牛などの家畜がいたので、乳製品の作り方は幼い頃から生活の中で学びました。また、高校卒業後はモンゴル国立農業大学へ進学し、在学中に「食品技術者」という資格を取得しました。私が持つ、遊牧民の家庭で培われた伝統的なライフスタイルの知恵と「食」に関する専門知識を掛け合わせて「ちゃんとしたものを日本で作りたい」と思ったんです。『チメグの味』は我が家のキッチンから始まったブランドですが、今後は事業として成立させてより多くの人に食べてもらいたいと思い、必要な準備を進めているところです。

 

今のモンゴル人若者は、IT系やファッションなどいわゆる「カッコイイ」職業に憧れている人が多いと感じます。でも、将来の夢や目標に迷ったときには、一度故郷であるモンゴルが誇る牧畜や自然の豊かさに立ち返ってほしい。自然と共に暮らすモンゴルの文化は、世界に発信できる素晴らしいものだと知ってほしいと願っています。私が『チメグの味』を発信していくことは、モンゴルの草原で育ち、農牧業をよく知る自分ならではの使命であると考えています。

 

<『チメグの味』に込めた想い>

食べてくれた人が「モンゴルに帰ったみたいだ」と言って喜んでくれることが、何よりも嬉しいです。特に今はコロナの影響でモンゴルに帰りたくても帰れない方が大勢います。故郷に帰ることが出来ないのなら、今あるものを最大限使って故郷の味を再現したい。そして、商品化することでその味をより多くの方に届けて、日本でも手軽にモンゴルの食を楽しんでもらえるようにしたいと考えています。

また、モンゴル人が遊牧生活のなかで作ってきたユニークな乳製品が人体にとってどのような良い影響をもたらすのか、正しい知識を得て、発信していきたいと思っています。自然の恵みである生乳や肉から本当に身体に良いものを選択し、自身の『チメグの味』を通じて伝えていくことで、納得のいく「モンゴルの味」になると信じています。

 

『チメグの味』の味はFacebookのオフィシャルページ(Click!)から注文することができます。(日本語でのやりとり可。)

 故郷への想いが詰まった『チメグの味』で、是非モンゴルの食文化を楽しんでいただければと思います。

 

 

この記事を書いた人write

鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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