いつか,ウランバートルを緑の街に <インタビュー記事>

今回は、モンゴルで生まれ,日本で建築士として活躍するダリさんへのインタビュー記事です。

仕事論,将来の夢,故郷への想いなどなど、更なる活躍が期待される若手建築士に語って頂きました。

 

<日本とのつながり,建築士への道>

-ダリさんは現在,日本とモンゴルを拠点として生活・活躍されていますが,日本と関わりを持ったきっかけを教えて下さい。

私は生まれも育ちもウランバートルで,中学生のとき母と一緒に初めて日本へ行きました。母は日本の企業でマーケッターとしてキャリアを積んでいて,もうかれこれ20年以上日本に住んでいます。中学生の頃は,日本とモンゴルを行ったり来たりする生活でしたね。高校は,モンゴルの「さくら学校」という日本語教育に力を入れている学校で学びました。高校卒業後は,日本の読売理工学院に進学し,本格的に建築の勉強を始めました。

 

-建築士になるという夢は小さな頃から抱いていたんですか?

うちは建築士一家で,叔父も従兄弟も妹も建築士なんです。私の家族が「エゲル社」というモンゴルで20年以上続く建築会社を経営していることもあって,幼い頃から模型や図面を目にしていました。大学卒業後は,2年間エゲル社で勤務したんですが,この間建築士として必要な基礎をたたき込まれました。私の叔父は仕事に厳しい人なので,家族でも全く容赦はなかったですよ。その厳しさは私にもしっかり受け継がれていると思います。

 

<日本で働く,とは>

-幼い頃から建築を学ぶ環境が整っていたんですね。エゲル社で勤務された後,日本に拠点を移したんですか?

モンゴルで建築士として働くには長い下積み期間が必要ですが,日本では大学卒業後間もない人でも実力があればキャリアをスタートさせることができると聞いたので,日本の企業にアプライしてみようと思ったんです。他の日本人の受験者と同じようにCVを提出して,面接を受けて・・・採用されたのが「オフィス鶴」です。私の師匠は横浜にあるランドマークタワーの設計を手掛けたこともあるほどの実力の持ち主で,尊敬できる素晴らしい方に師事していることは私の誇りですし,自信にもつながっています。

 

-日本で働くうえで難しいことや,モンゴルとの環境の違いなどはありますか?

まず,入社当初は専門用語が分からなくて苦労しました。毎日毎日,勉強しながらの勤務でしたが,朝8時半に出社して夜23時頃まで働くこともありましたよ。モンゴルとの違いは,まず時間管理ですね。モンゴル人は時間にルーズなので・・・・・あとは,何度同じことを言われても直らない人が多いです。日本の師弟関係は厳しいですから,必死に教わったことを吸収して,身に付けて,実践しました。礼儀や仕事の仕方も含め,日本で多くを学びましたね。また,モンゴルで働くうえで壁になるのが「コネ社会」。コネがないと仕事が取れないという場面は往々にしてありますが,これではスキルがあったとしても実社会に活かすことができません。

 

-これまで日本で携わったプロジェクトについて教えていただけますか。

最近手掛けた仕事は,横浜駅西口の開発です。「駅」の設計というのはとても特殊で,電車が走って,テナントが入って,しかもそこに1200万人を超えるという乗降者が行き来する空間を作り上げるんです。モンゴルでは関わることが出来ない種類の仕事ですし,初めてこのような現場に携わったことで,さらなるスキルアップと新しいアイデアの着想に繋がりました。本当は今年315日に完成予定だったのですが,新型コロナウイルスの影響で延期されてしまいました。機会があれば是非新しい横浜駅を見てみて下さいね。

 

<モチベーションの源>

-言葉の壁や母国と異なる環境も乗り越えてスキルアップ・キャリアアップしてきたダリさんですが,仕事上のモットーがあれば聞かせてもらえますか?

モットーは,「やりきること」。わたしは気持ちのアップダウンが激しい方で,厳しい場面に直面するとよく泣いたり落ち込んだりすることがあるんです。でも,自分のことは自分で「やりきる」と決めているので,どんなに辛くてもやるしかない。仕事となったら,自分にも弟子にも厳しい方だと思いますね。

 

-わたしもアップダウンが激しめなので,親近感が沸きました・・・・!ダウンのときってしんどいじゃないですか。どうやってモチベーションを上げるんですか?

モチベーションになるのは国。モンゴルのことです。母国を離れてせっかく日本で学んで働いているのに,このまま帰ったら家族・母国に恥ずかしい。国のことを思えば,どんなに辛くても頑張ろう,やりきるしかないと思えます。

 

仕事,家族,夢>

-ダリさんのように日本と繋がりを持って活躍しているモンゴルの女性に多くお会いしますが,モンゴルの女性の強さやしなやかさにはとても魅力を感じます。日本では男女間の賃金格差,家庭での役割の固定化,産後の社会復帰の難しさなど,女性が生きるうえでアンフェアな社会設計がされていると感じる一方,モンゴルの女性はより自由に,逞しく生きているという印象を受けます。日本とモンゴル2つの社会を知っているダリさんから見て,家族観や仕事観で感じることがあれば教えて下さい。

私は仕事においても家庭においても性別によって決まっている役割があるとは思いません。建築業界というと男性社会のイメージを持たれるかもしれませんが,私たちの職場では女性も多く活躍しています。またおっしゃる通りモンゴルの女性はすごくアクティブですね。私にとっては,今は自分のキャリアが最も重要なので,仕事が最優先ですね。そのあと家族(結婚)のことを考えようかな。

 

-ダリさんの,今後の夢を教えて下さい。

今後の夢は,生まれ故郷であるウランバートルに緑あふれるオープンスペースを作ること。ウランバートルって,緑が少ないですよね。近代的な建物は増えているけれど,一人一人が好き勝手に建てていて,周辺環境への配慮が足りません。例えば,日当たりが良い場所に公園を作っても,すぐ隣に高いビルが建ってしまうことがある。人々が快適に生活できるようにもっと緑溢れる,調和の取れた街作りに貢献したいんです。そのためには,都市開発のための法整備が欠かせません。日本で納得するまでスキルを磨いてキャリアを積んだら,モンゴルで法整備と都市開発プランの策定に関わっていきたいです。

(現場でのダリさん)

(リニューアル後の横浜駅イメージ)

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人write

鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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