元横綱・日馬富士が描くモンゴルの未来

ウランバートル市内からチンギスハーン国際空港へ真っ直ぐにのびる道すがら、左手にしっかりとした造りのカラフルな建物が見えてきました。氷点下20度を下回る日が続くここウランバートルでは、ゲル地区から沸き立つ白煙と薄く積もった雪が視界を霞めますが、山間に広々と陣取ったその建物の周辺だけは、空気が凛として背筋が伸びるような気分になります。その建物とは、「新モンゴル日馬富士学校」。元横綱・日馬富士が昨年開校した、小中高一貫校です。日本での力士生活を終え、母国・モンゴルに戻った日馬富士が目指したのは、世界水準の教育をモンゴルで普及させることでした。そのために、10億円以上の費用をかけて、自身の教育信念とモンゴルの未来に懸ける思いを注ぎ込んだ学びの場をつくったのです。

開校から1年ちょっとということで、校舎は真新しく、掃除も隅々まで行き届いている様子がうかがえます。お揃いの制服に身を包んだ生徒たちからは、すれ違う度に会釈をしながらモンゴル語、あるいは日本語で「こんにちは」と次々と挨拶され、まるで日本の学校を訪問している気分になりました。日馬富士が教育者として大事にしていることは、「礼儀・礼節」「他者を思いやる感謝の心」そして「夢を持つこと」。子どもたちは日本語はもちろんのこと、日本の教育現場で教えるような礼儀作法、「いただきます・ごちそうさま」、「おかげさまで」等の精神を学ぶそうです。

最近のモンゴルでは「民主化以降、モンゴル社会の在り方は個人主義、拝金主義を助長するばかりで、人々は道徳心を失ってしまった」という声を耳にすることがありますが、日馬富士の問題意識も同様でした。少年時代から日本の教育を受け、特に礼儀・礼節を最も重んじる相撲界で自身を鍛え上げ、快挙を成し遂げた横綱だからこそ、今のモンゴル社会に必要なのは人格を育てる教育だと考えたのだと思います。そして、日馬富士学校のもうひとつの特色は、スポーツ指導の充実さです。広々とした体育館、卓球場はもちろんのこと、相撲の土俵、レスリングのトレーニング部屋、そしてロボット相撲のリングまで。また、スポーツのみならず300人以上が入るスクリーン付きのホール、カフェテリアも併設され、日本の大学並みの設備が整っていることに驚きました。

「この学校は決して富裕層向けの学校ではないんです。今のモンゴルは富裕層と貧困層に分かれて中間層がいない。人々の生活は苦しいんです。そんな中でも、子どもたちには夢を持って、目標に向けて努力する環境を与えたい。そのためにやれることを必死でやっているんです」と語る日馬富士の目には、力士時代とは違った、でも力強い意志が宿っていました。

元横綱・日馬富士が力士として人々に与えた希望、そして、ひとりのモンゴル人として母国の未来に向け子ども達に託す夢。横綱の挑戦を応援したいと思います。

 

 

 

この記事を書いた人write

鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

一覧へ戻る