旅の番外編:ウズベキスタン

長らくコラムの更新が滞っており失礼しました。ここ2か月ほど、旅に出ていました。

今回訪れたのは、ウズベキスタン、ジョージア、南アフリカ、ナミビア、ポーランド、ドイツ、イスラエル、パレスチナ、最後にスウェーデン(訪問順)。

あらためて行った先を世界地図上で眺めてみると、なんとも非・効率的なルート。

こんなことになってしまった理由は、①友達がいる場所を優先的に選んだ、②ノープランで流れに身を任せたらこうなった、の2点に集約されます。結果、非効率なうえに非経済的な旅となり、帰国後にはカードの支払いが滞り、貯金の底も透けて見えるという、32歳・無職としてあるまじき状況に追い込まれていますが、一切の後悔はございません(今のところ)。

ということで、本来ならばこのコラムではモンゴルの最新情報とか経済状況とか政治とか、そういうことを書く場だと理解しているのですが、しばらく「番外編」ということで、今回の旅のハイライトを書いていこうと思いますのでお付き合いください。1か国目はウズベキスタンです。

 

【3年ぶりのタシケント】

「これが、あのタシケント!??」

空港に降り立ったときの率直な感想だった。タシケントを訪れたのは3年ぶり。私の3年前の記憶では、薄暗い空港に降りたち、イミグレで長蛇の列に並びんだうえに、同じような質問を何度も繰り返されてげっそりして外に出たはずだが、今回のタシケントは違う。改築された空港は明るく清潔感溢れる外観に様変わりし、イミグレ地獄も全く経験することなくスムーズに入国。人々の表情も心なしか柔らかくなっている。そう、ウズベキスタンは、変わった。モンゴルが新空港をいつまでたってもオープンできないのに対し、ウズベキスタンの玄関はこんなにも華麗なる変身を遂げた。「頼むから頑張ってくれ、モンゴル・・・」と、ついひとり心の中で願ってしまう。

空港を出ると、元同僚が待っていてくれた。今回のウズベキスタンの旅は、一緒に働いていた元同僚たちと友人。日本人離れどころか、もはや常人離れしたようなとにかく濃いメンバー(女4人)が集まってしまったので、面白い旅になることは間違いなかった。

 

【ウズベク絨毯職人・ペチョンちゃん】

タシケントからサマルカンドへ移動。サマルカンドは、ウズベキスタン屈指の観光名所にも関わらず、その日はあいにくの雨。おまけに、韓国大統領がやってくるとのことで、厳重警備のうえ道路が封鎖されてしまい、モスクにも入れない。とりあえず回れる名所を回って、一行は市場(バザール)へ。どこの国でも、市場へ行くと地元の人の活気と熱気で溢れていて胸が躍る。ドライバー・アリのおすすめナッツ屋さん(単に知り合いの店)に連れていかれ、大好きなカシューナッツばかり狙って買い込む。小腹が減ったので、おすすめローカルレストランでがっつり肉だらけのランチを食べたあとは、観光名所だというシルクと綿の工場へ。こういう場所は、大抵モノを押し売りされて散財する羽目になるから気乗りがしないなぁと思っていたけれど、ここで待っていたのは押し売り商人ではなく、「ペチョンちゃん」こと「シャハノザ」との素敵な出会い。彼女はウズベク絨毯職人で、この工場で長いこと働いているという。私がお土産物のストールやらスカーフやらを試着していると、彼女がニコニコしながらやってきて、「ペチョン巻き」という巻き方を教えてくれた。それ以降、彼女の名前は「ペチョンちゃん」になり、何が楽しいのかも分からないまま、二人でゲラゲラ笑いながらペチョン巻きのファッションショーが始まった。こういう瞬間、人と人が仲良くなるのに人種も言葉も関係ないことを実感する。ウズベク語は全くできないわたし、日本語も英語も全く分からないペチョンちゃん。こんな二人でも少しの好奇心と小さなきっかけでケミストリーが生まれてしまえば、何語で話しても関係ないのである。旅をしていると、こういうローカルの人との出会いの瞬間がたまらない。ペチョンちゃん、これからも綺麗な絨毯を作ってね。いつかお金持ちになったら、買いに行くね。(絨毯って実は高級品。)

 

【ブハラの良宿「ヤスミン」】

サマルカンドの次はブハラ。ここでは、「ヤスミン」という宿に泊まった。ご主人のアリジャンは日本好きらしく、「君たち1泊しかしないの?2日目はタダで良いからさ~延泊していきなよ~~」としきりに勧めてくれる。ブハラの街を散策する前に、アリジャンの奥さんに「ウズベクメイク」をしてもらった。ウズベクメイクのコツは、眉を漆黒ライナーで濃く、濃く、これでもか!というくらい濃く描くこと。さらに、リップもしっかり濃いめに塗りたくる。これだけ盛れば、私でもエキゾチック感を出せるかなと期待して鏡を見るも、そこには眉毛と唇だけ異様に浮かび上がった、のっぺり顔の東洋人の姿しかなかった。私の顔に、鋭利な眉毛が脚光を浴びる場所はなかった。「顔の造りだ、仕方ない・・・」と自分に言い聞かせながら、心の中でそっと眉毛に謝罪した。

 

【女の会話は世界共通】

ブハラの街はとっても素敵。煉瓦造りの建物とモスクに囲まれて、歩いているだけで楽しい。一通り散策して、お土産を見て回って、少し遅めのランチ。地元の人で賑わうローカルレストランでは、おばちゃん達が入れ替わり立ち代りやってきて、「あんた達結婚してるの?彼氏は?」「私なんて18で結婚して子ども4人よ〜!」「レモンティーも飲みなさい!おいしいから!」と畳み掛けてくる。言葉はほぼ通じないけど、女同士の会話はどこへ行ってもこんな感じで盛り上がるものだ。ここのスープと小さなダンプリングが美味しすぎて、永遠に食べていたかった。

 

【秘密の花園・ハマム体験】

ブハラでのメインイベントはハマム!よく分からないけど、岩盤浴とマッサージのようなものと聞いていた。予約時間になったので、店の方向へ。お土産屋さんの横に“bath house/open“と看板があるのを見つける。奥まったところに入口があり、開けようとするが錠がかかっていて開かない。ガチャガチャやっていると、中から上半身裸にタオルを巻いただけのヒゲのお兄さんがぬっと現れた。全員一瞬たじろぎながらも、予約した旨を伝えて中に入れてくれと頼む。すると、上裸男は訝しげな顔で私たちを眺めたあと、オーナーらしき無愛想なおじさんと何やら相談をし始めてしまった。不安を覚えながらもこっそり中を覗いてみると、同じく上裸の、西洋人男性ばかり。おかしい。何かがおかしい。聞けばハマムというのは、昔、王様が美少年を買春するために造った秘密の花園だという。ここに美少年の姿はないけれど・・・・裸のおじさんしかいないけれど・・・・・良からぬ妄想と心配で不安が募る。
数分後、上裸男とオーナーの話し合いが終わり、ついに中に入れてもらう。おじさん達からの視線を見て見ぬふりしながら、着替え室に向かう。ここでTシャツ・短パンに着替えるらしい。私も腹を括って服を脱ぎ始めたところで、誰かの電話が鳴った。すると、「今ツアー会社から電話があって、ここ、違うハマムでした・・・ちゃんと女性用のハマムを予約してるんで移動しましょう!」とのこと。そういうことだったのか。猛烈な勢いで着替えて、お金を返してもらい、予約していたという当初のハマムへ走る。ブハラの街を、4人の日本人が髪を振り乱しながら一心不乱に走る。
2つ目のハマムに到着すると、おばあちゃんが笑顔で出迎えてくれた。その背後には、恰幅の良い上裸・パンツ姿のおばちゃん達。木のロッカーに案内され、おばあちゃんの「さぁー、全員脱ぐのよ!全部脱ぐのよー!!」という号令のもと、全員スッポンポンになる。いつも職場で一緒に働いていた仲間が異国の地で真っ裸となり仁王立ちする姿は、何だか感慨深いものがあった。さて、もう何も隠すものがない私達。恥ずかしさと物珍しさでお互いにやけた笑いを浮かべながら、スチームの効いた洞窟に腰をかけて待つ。全身に玉汗が浮かんできた頃、おばちゃん達が一斉に私達の手を取り、お湯をバシャバシャと浴びせ掛けてくる。頭からも容赦なくお湯をかけられる。次はアカスリ。韓国の銭湯でよく使われるようなアカスリ手袋で、ワシワシと手加減無くこすられる。だいぶ際どい場所まで隈なく磨かれると、髪を洗ってしばらく待機。最後はうつ伏せになって泡マッサージということで、全員あられもない姿を晒し合いながら、おばちゃんの力強いマッサージに身を委ねた。

このハマム体験は、男湯に行ってしまったことも含めて、一生忘れないだろうな。ウズベキスタンでのハマム体験、オススメですよ。次回は、ジョージア編です。

 

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鹿野 詩織
鹿野 詩織(かの・しおり)

8歳の頃、初めて出会った海外の友人がモンゴル人だったことがきっかけで、モンゴルに憧れを抱く。 早稲田大学国際教養学部在学中にモンゴル国立大学への留学が実現。 卒業後、アクセンチュア株式会社、外務省勤務を経て、日本国際協力センター(JICE)にて、モンゴルにおけるJICAの人材育成プロジェクトに携わる。 モンゴル滞在中は、孤児院支援、遊牧生活、起業も経験。 現在は早稲田大学公共経営大学院に在学し、モンゴル研究、通訳、執筆活動等を行っている。

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